【火垂るの墓】はいつの時代?貯金の貨幣価値大で実は金持ちだった?

高畑勲監督が亡くなったことから追悼として、4月13日の金曜ロードショーにて「火垂るの墓」が急遽放送されることが分かりました!

火垂るの墓と言えば、日本のアニメの中でも感動する作品であるので、日本人であるならば、誰もが見たことのある作品だと思います!

戦時中の話なので、時には描写がリアル過ぎてトラウマになるということもありますが・・・(^_^;)

火垂るの墓にて、清太(兄)と節子の母親がもしものために銀行に7,000円を貯金していて、清太がそれを下ろしているシーンがありました。

ただ、今の時代で7,000では1人で3ヶ月分の食糧もまとも買えないでしょう・・・。

だた、火垂るの墓は戦時中のハナシということで、貨幣価値が大きく異なっていたんですよね!

あれ?これはひょっとして、清太と節子はそこそこお金持ちだったんじゃね??笑

って思ったので、今回は「火垂るの墓」にて

  • いつの時代だった?
  • 貯金の貨幣価値は大きかった?
  • 実はお金持ちだった?

などの時代背景を中心に見ていこうと思います!

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「火垂るの墓」はいつの時代の設定なの?時代背景をチェック!

火垂るの墓の作中で空襲があったことからだいたいの年号などは把握できますが、原作からでも、いつの時代であるのか、分かりました!

舞台となったのは神戸市や西宮であることや、6月5日の神戸大空襲があったことから1945年(昭和20年)頃であることが分かります。

今から70年前なので、その時を体験された方ももしかしたらおられるのではないでしょうか?

あまり思い出したくないとは思いますが(;^ω^)

また、本作は先日亡くなられた高畑監督の少年時代の実体験をベースにした作品であることも知られており、

  • 自宅を大空襲で失ったこと
  • 家族を大火傷で亡くしたこと
  • 1941年12月8日の開戦の朝に学校の鉄棒で46回の前回りの記録を作った
  • 焼け跡から食料を掘り起こして西宮まで運んだこと
  • 美しい蛍の思い出
  • 義理の妹と親戚の家で過ごした

などがあったそうで、当たり前ですが火垂るの墓につながるところがありますよね。

「火垂るの墓」で貯金の貨幣価値はどのくらい?実は金持ちだったって本当?

火垂るの墓が1945年頃のハナシであることは分かりましたが、実際に貯金の7,000円ってどk¥れくらいの貨幣価値があったのか、気になりました。

厳密に言うと、この時代のモノやサービスの種類によって、価格の上昇率がまちまちであるため、単純計算(何倍など)して比較することは難しいのは事実です。

ですがそれでは回答にならないので、参考程度に「だいたいこれくらい」という認識で見てもらえると、よいかもしれません。

昭和15年頃の貨幣価値を調べたところ、

  • カレーライス ⇒ 0.1円(10銭)
  • 月給(平社員) ⇒ 30円
  • 一軒家(立派な家) ⇒ 2,000円
  • 映画の入場料 ⇒ 0.5円(50銭)

というようなお金の価値で今では考えられないような、金額なんですよね!

家が2,000円で建つってw

そのため、昭和16年以降に太平洋戦争に突入したのですが、インフレなどが起こっていなかったため、当時昭和20年頃くらいまでの貨幣価値は、現代(2018年)の5千倍~1万倍はあったと推測します。

そのため、節子の母親が貯金してくれた7,000円の価値は、その時に700万円くらいはあったのではないでしょうか?

もしかしたらもっとそれ以上の価値があったかもしれませんが、どちらにせよ大金であることには変わりません!

そのため、清太と節子がお金を持っているのに、栄養失調で餓死しているというのもちょっと腑に落ちないところもあるんですよね~。

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「火垂るの墓」で節子や清太が実は金持ちだったって本当?

母親から、1,000万円ほどの貯金を手にした節子と清太なのですが、どうしてそこほどお金を持っていたのに、栄養失調になってしまうくらい貧乏で、餓死してしまったのでしょうか?

それは、ズバリお金も持っていても、使えなかったと推測します。

第二次世界大戦中の日本は物資や食料の配給が需要に満たなかったため配給制が導入されており、お金ではなく配給切符と引き換えに衣類や食料を手に入れていたそうです。

清太も母親の着物を米に変えていましたよね?^^

つまり、実際に丁度その時の神戸市の貨幣価値はかなり低く、むしろお金と交換してくれるような場所やタイミングではなかったのではないかと思われます。

普通に考えて、食料などの方が大事ですよね?^^

ましてやその時の貨幣価値や相場を分かっていないまだ中学生の清太は食料がべらぼうに高くても購入していたと思われるので、当時大金であった貯金もすぐに底をついたのではないでしょうか?

または最後まで使っていないという可能性もありますが。

「火垂るの墓」の時代についてのまとめ!

火垂るの墓の時代背景や貯金の貨幣価値などについて見ていきましたが、つくづく現代と大きく異なる状況に驚かされますし、可哀そうに思えます。

実際に清太の貯金を、当時の貨幣価値に換算すると、数百万円~1,000万円になるのでお金持ちに間違いはありませんが、需要と供給のバランスがかなり悪かったということなんですね。

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最後までお読み頂きまして、ありがとうございました!m(_ _)m

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